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ロンドンのハリス・チェンからメールを受け取った。
ハリスが三月半ばにマンハッタンに出張するのでぜひ会いたいという。
ドロシーとハリスはしょっちゅうメールでやりとりしていたが、顔を合わせるのは久しぶりだった。
「ドロシー、君があのホワイト・ボーイともう少し早く別れていてくれれば、僕は真剣に君にプロポーズすることを考えたのにな。
タイミングが合わないっていうのはこういうことだ」と、ハリスは最近ロンドンで婚約したと言いながら、ドロシーに会えるのをどんなに楽しみにしていたかとしみじみと語り、彼女の手を握りしめた。
「その婚約者のラッキーな女性はどんな人なの」とドロシーは彼の手を払いのけながら聞いた。
「台湾からロンドンに語学留学していた女子大生で、僕の両親が経営する華人学校で中国語を教えるアルバイトに来ていた子だよ。
なにしろ彼女の話す北京官話のアクセントは完壁で本当にきれいなんだ。
それにしびれてしまったわけさ」とハリスは感嘆したような、照れたような表情を見せた。
それから、まじめな様子になり、「君には東京の沢村を紹介した貸しがあるだろう。
今度は僕の力になってほしい」と、ハリスが切り出した。
U銀行がヘッジファンドをロンドンで立ち上げる。
転換社債アーピトラージと債券トレーデイングのファンドに、ハリスは運用チームのひとりとして参加することになっている。
彼がニューヨークに出張した目的は、ファンド・オブ・ファンズのゲートキーパーと面談し、彼らの運用資金の一部を新しいU銀行のファンドに投資してもらうことだった。
「なぜU銀行の自己資金で運用しないのかしら」とドロシーは不思議に思い、ハリスにたずねた。
「U銀行のロンドンの自己勘定部門の債券トレーダー二名と、それに、これから転換社債アーピトラージのスーパースターが加わって新しいチームができる。
U銀行の名前をつけたファンドになるかもしれないけれども、ご存知のように、日本の銀行は皆、不良資産や経営難でとても革新的な事業をする準備はない。
しかし、彼らだってこの分野に将来性があるのはわかっている。
だから、スピンオフの形で、わずかな資本金と看板は出すが、三億ドルをまとめてリスクにさらすだけの体力もない」。
「その転換社債アーピトラージのスーパースターとは、ハリス、あなたのことなの」とドロシーはたずねた。
「残念ながら、僕はポートフォリオ運用の専門家だからね。
転換社債アーピトラージのスーパースターは、モーリス・ローゼンバーグという四〇歳代前半のアメリカ人だ。
一九九〇年ころから自分のファンドを作ってこつこつ運用していた、転換社債では業界トップのトレーダーで、その世界ではよく知られている。
彼はオツベンハイマー・ファンドに見出されて、その後、七、八年間、オツペンハイマーのために働いた。
ところがある日、プッツンと切れたのだろうな。
突然トレーデイングを辞め、オツペンハイマーからも去っていった。
それからモーリスはアラパマ州に移って、一年間毎日ゴルフだけをやって暮らした。
なぜアラパマかというとだね、年聞を通してゴルフのフィーはアラパマ州が一番安いからだそうだ。
家族のための資産だけはこつこつと自分で運用していたそうだ。
そんなとき、ロンドンのトレーダーの一人が、モーリスのことを昔から知っていて、ぜひヘッジファンドをいっしょにやろう、ずっと自由にトレーデイングできるさ、と言って彼を誘った。
タイミングがよかった。
モーリスも、いよいよトレーデイングに復帰するときが来たと考えていたんだろうね、往年のプロレスラ1が金色のガウンに身を包んでリングの上に戻ってくるような感じさ。
モーリスは、もうすぐ家族ごとアラパマからコネチカット州のスタンフォードに移ってくる。
それからもう一人、昔のファースト・ボストンで活躍したインベストメントパンカーのビル・シルバーマンもスタンフォードに引っ越して来る。
僕らのチームは、スタンフォードでモーリスとビルがアメリカの転換社債をトレーデイングして、ロンドンでU銀行のトレーダーがヨーロッパの転換社債と債券をトレーデイングし、僕が全体のポートフォリオ管理とマーケティングを担当するという仕組みだ。
あくまでもモーリスのトレーデイングとビルの分析が主力になるだろうな。
きっとすばらしいチームになるよ。
ドロシー、君も投資したほうがいい。
君の最低投資額は僕がまけてあげるから」。
「もちろん、前向きに検討します。
あなたをファンド・オプ・ファンズに紹介する前に、モーリスとビルと話がしたいわ」とドロシーは言った。
「ちょうど、明日マンハッタンで皆が集まることになっているから、そのミーティングの後に来てもらえればいいよ」とハリスは答えた。
ハリスは自信と希望に輝いて見え、すばらしい仲間たちと新規ビジネスを立ち上げるチャンスが自分にめぐってきた幸運を心から喜んでいた。
「U銀行、そしてモーリスとビル、自分も含めて創設者のトレーダーたちが自己資金を持ち寄った資金、五〇〇〇万ドルからのスタートだ。
なにしろ新しいファンドだから過去の実績(トラックレコード)がない。
いかにモーリスが有名なトレーダーだといってもゼロの状態で、しかもほとんどが転換社債アーピトラージのシングル・ストラテジーだから、機関投資家から資金を集めるのは難しいと考えている。
そこでゲートキーパー業務のプロ、ファンド・オプ・ファンズの門戸をたたいてみようと思った。
機関投資家の多くはファンド・オプ・ファンズを通して資金を投資しているだろう。
僕はロンドンにいて、マンハッタンのファンド・オプ・ファンズをあまり知らないし、モーリスもこの種の業界にはまだ疎い。
僕がロンドンとニューヨークでいろいろなコンサルタントやプライム・ブローカーと話をして投資家にもあたりをつけて、何とかこれから年末にかけて資金を集めたい。
力になってほしい」。
ハリスは真剣なまなざしで言った。
「そういえば沢村は東京のU銀行の資産運用会社を辞めるかもしれない。
うわさだけれどね、彼は日本の大手商社のヘッジファンド運用チームに移るかもしれない。
君は沢村と仲がいいから彼をカバーしてくれないかな。
僕らのファンドにも投資するように彼にセールスしてほしい」と持ち出した。
翌日の午後、モ1リス・ローゼンパークとビル・シルバーマン、そしてハリスが、ミッドタウンのU銀行ニューヨーク支店の会議室に集まっていた。
ドロシーが受付にいると、山田支店長が挨拶に来た。
「リュウ教授の件では大変お世話になりました」と気のよい支店長は、快活にドロシーに話しかけた。
しかしU銀行ニューヨーク支店はロンドンを中心としたヘッジファンドビジネスには何の関係もなかった。
沢村が辞めれば、資産運用部門はガタガタになるだろう。
U銀行自体、今後の海外ビジネスをどうするのか、山田支店長はいつまでニューヨークの支店長でいられるのか、快活な態度とは裏腹に、山田自身が日本の銀行再編によって受ける、だろう身の不安をひしひしと感じているのが、ドロシーにはわかった。
モーリス・ローゼンバーグは、物静かで学者のような印象だった。
ビル・シルバーマンは年長で、いかにもウォール街ベテラン選手といった風貌だった。
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